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2020.08.31

【現場読解】

シンガポールや日本を拠点にグローバルな舞台で活躍するリーダーたちが、人生やビジネスについての信念や情熱を語る!世界の未来を担う人たちにヒントをあたえてくれる「オススメの一冊」も紹介。

《第11回》

「人事採用プロセスの質を最大限に高めるノウハウを知り尽くしたエキスパート」、それが坂野さんだ。結果重視の姿勢と情熱で切り開いてきた人生について、人と関わるプロならではの多角的な目線で語ってくれた。

坂野 敦郎 さん
1984年千葉県出身
慶応義塾大学経済学部卒業
在星8年目
尊敬するリーダー/妻
モットー/迷ったらプラスと思う方

HAKU Pte Ltd
www.haku.sg
所在地/360 Orchard Road, #08-02 International Building, (S)238869
従業員/7名(2020年8月現在。社外パートナー含む)
資本金/SGD 10,000
事業内容/人事コンサルティング、Web サービス開発、ヘッドハンティング


国際感覚豊かな大家族で育つ。学生時代にはインドで半年間のインターンも経験

 四人姉妹兄弟の末っ子だったので、家では常に歳の離れた教育係に囲まれていました。話が矛盾するとすぐに突っ込まれるし、必死に大人の話題に付いていく中で、論理的に考える力や人を観察する力が鍛えられました。
 母の教育方針で、幼少期に頻繁にホームステイの受け入れをしていたこともあり、自然に海外の生活や文化に興味を持つようになりました。大学時代は、国際NPO団体のアイセック(1)に所属し海外インターンシップの送り出しに関わるうちに、自分も海外インターンに行きたくなりました。
 インターン先には、インドを選びました。英語が使える、IT業界が急成長している、人口ピラミッドがきれいな富士山型であるなどの点から、インドは将来飛躍的に伸びるだろうと考えました。また、当時の日本は対インド直接投資の規模が少なかったので、日本とインドの関係はこれからもっと深くなるだろうと予測し、今のうちにインドにいくメリットが大きいと思ったのです。
 ジャイプールにあるアパレル企業で、唯一の日本人スタッフとして日本の新規市場開拓を全面的に任されました。大阪の貿易フェアに出展した際受け取ったまま社内で手付かずだった名刺の束に、片っ端からコンタクトを取ることから着手、三井物産や丸紅などの総合商社から新規受注を実現させ、社長からべた褒めされました。
*(1)国際インターンシップを運営する学生団体

インドのインターン時代。当時はガリガリに痩せていた

外資系IT企業に就職。徐々に海外移住を志す

 大学卒業後は、インドでの経験から商社への就職を目指したのですが、残念ながら叶わず第二志望だったシスコシステムズに就職。シスコには一年間の新入社員研修があり、顧客から本音を聞き出す、イエスと言ってもらうテクニックを身につけさせるなど、綿密に設計された内容とその質の高さに大きな衝撃を受けました。
 父が官僚だったこともあり、家では日本が抱える問題や将来について日常的に話題に上っていました。そのせいか、小さい頃から、日本の国力をなんとかしたいという気持ちがありました。人口減少により市場が縮小していく中で、いかに働き手を増やし一人当たりの生産性をあげるべきか、立ち向かうべき課題だと考えていました。シスコの能力開発分野の奥深さに触れたことが後押しとなり、働き手の質を高めるということ、更には人事の仕事に興味をもつようになったのです。
 そこで、まず30歳までに人事系の仕事に就き、35歳までに海外移住、40歳までに事業責任者になるか起業する、という大まかな将来のビジョンを立てました。期せずして、その三つが叶えられそうなポジションの話が舞い込み二つ返事で転職を決めたのが、リクルート出身者が創業した人事コンサルティング会社レジェンダ・コーポレーションのシンガポール法人でした。

転職、移住、そして失業

 レジェンダでは海外進出の中心的ポジションを任されました。シンガポール赴任前にまず中国の蘇州で現地法人を立ち上げし、社内最年少の支社長として代表に就任しました。ところが、期待された成果を残すことができず半年で撤退することになり、2013 年シンガポールにスライドしたんです。妻の会社もシンガポールに支社があり、異動願いが通って二人揃ってのシンガポール移住が実現しました。
 しかし、シンガポール転勤直後に追い出されるようにして会社を退社しました。中国での業績が振るわなかったことから精神的な重責が大きく、ボスとの関係がうまくいかなくなっていたんです。退職を促された即日に荷物をまとめて段ボールを抱えて帰宅しました。
 その日の夕方、仕事上では険悪な雰囲気だったボスが僕を呼び出してくれて、気分転換に旅行でもしたらどうかと言ってくれました。シンガポールで生活している実感もないまま、怒涛のような日々を送っていたんですね。そのままチャイナタウンのマッサージ屋に行き、同じビルの旅行代理店で船とホテルを予約して、次の日にはビンタン島にいました。そこでリセットできましたね。海辺でスピッツを聞きビールを飲みながら、次第に起業しようという気持ちが固まっていきました。

HAKU創業、人事の技を磨く

 2014 年の HAKU 創業当初は、シンガポールの大学生を採用するイベントを企画したり、日系企業の本社から依頼を受けて採用活動を代行する仕事をし
ていました。
 ビジネスが大きく前進するきっかけとなったのが、リクルートでの人事の仕事です。初めて任された面接の仕事で、ずば抜けたアキュラシーを出しました。僕が一次面接で優秀だと評価した人は、以降の面接でも軒並み高い評価が下り、その実績が認められたんです。そうすると、今度は別の職種の面接も任されるようになり、そこでも高い精度で選考ができるように必死で仕事しました。
 すると、今度はリクルートが買収したIndeedという外資系IT企業の人事から、国内の新卒採用の依頼が舞い込んできました。選考の精度が高かったこと、同じく外資系IT企業のシスコに在籍していた経験などから、指名していただきました。Indeedは今でこそ有名ですが、当時は知らない人も多く、MicrosoftやAmazonやGoogleといったITの巨大企業からオファーが出ているような超優秀層のエンジニアに、Indeedという会社を選んでもらうように、魅力を理解してもらうことが最大のミッションでした。そこでも、先述の IT 企業群をしのいで、2年連続内定承諾率100%を達成しました。
 さらには日本国内だけではなく、全世界の新卒エンジニアを採用する仕事を依頼されました。バルセロナで行われた ICPC(国際大学対抗プログラミングコンテスト)予選イベントにスポンサーとして参加し、120名の優秀なプログラマーたちの前でプレゼンしたり、2週間にわたって一人ひとりと会話をした結果、2年連続で会場にいたプログラマーの8割から応募を獲得するという成果も残せました。さらに翌年はIndeedの中国人採用にも関わり、次第に海外人材の採用も得意分野となりました。一つひとつの仕事を丁寧にこなしていたら、誰かが見てくれていて、次の大きなチャレンジの機会をもたらしてくれると実感しました。

バルセロナの ICPC(国際大学対抗プログラミングコンテスト)予選イベントで登壇

人事の仕事を継続しながら、シンガポールで新規事業を続々と開発

 採用には「優秀な人を探す」「優秀な人を選ぶ」「優秀な人に会社を選んでもらう」という3つの重要なポイントがあり、それぞれに精度の高いシステムを構築する必要があります。例えば、コミュニケーション能力の高い人を採用したいが、その能力をどのように測ればよいか、他の企業からも内定が出ている人にどうやってその会社の魅力を理解してもらうか、入社したあとの社員にいかに実力を発揮して活躍してもらうか、そこには極めて高い専門性が必要となります。昨今は、国内外限らず求職している人たちの情報を企業が得やすくなっており、エージェントを通さずに企業の人事が直接採用するダイレクトリクルーティングの重要性が注目されています。外部の力を借りずに自分たちだけで出来ることが増えてきていることで、人事の仕事がいままでになくクリエイティブな仕事になってきていると実感しています。
 娘も大きくなってきたので、今後はシンガポールで過ごす時間を増やします。人事の仕事は続けながら、シンガポールをベースにした事業をいくつかリリースしていく予定です。その皮切りが、9月から始動するJobogi(ジョボジ)というメイドマッチングサービスです。シンガポールでは、メイドの雇用環境がよくなかったり、一方で、メイドの盗みが発覚するなどの問題が多発しています。雇用契約が成立する前に、もっとお互いのことを知って条件を確認しあえれば、トラブルも抑えられるはずなので、こういうことをテクノロジーを使って解決していきたいと思っています。いい雇い主といいメイドをマッチングできるシステムがあれば、雇用関係の向上、ひいては、仕事の生産性の向上にもつながると考えています。

参加していたプログラマーを毎日 30 人ずつディナーに連れ出して、一人ひとり口説きまくっていた

オススメの一冊

『ワーク・ルールズ!君の生き方とリーダーシップを変える』 (ラズロ・ポック・著、東洋経済新報社)


グーグル人事責任者が、社内の人事の施策について、様々な実験の成功失敗例も交えて紹介した、人事畑の人にとってバイブル的な本です。選考の方法が本当に最適なのかを一つ一つ検証して、精度の高い採用手法を採択していく徹底したアプローチは勉強になります。また、社員の健康促進のため、無料で食事できるカフェテリアのディスプレイや皿の大きさを少しずつ変えて効果を検証したエピソードなど、読み物としても非常に面白い内容です。


取材・文 小林亮子
日本の映画業界で約10年働き2006年から在星。ローカル学校に通う二人の子育てのかたわら、執筆・通訳翻訳業や、バイリンガル環境の子供たちに日本語を教える会社を経営

 
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