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2020.02.03

【現場読解】

シンガポールや日本を拠点にグローバルな舞台で活躍するリーダーたちが、人生やビジネスについての信念や情熱を語る!世界の未来を担う人たちにヒントをあたえてくれる「オススメの一冊」も紹介。

《第5回》

プルデンシャルで日本人フィナンシャル・コンサルタントとして多忙な日々を過ごし、自分を表現できる花の仕事にも打ち込む石井さん。「私にしかできないことをする、それが私の人生にとって一番大切なことです」


石井くみ子 さん
1981年神奈川県生まれ
青山学院大学卒業
在星14年目
尊敬するリーダー/シンガポール航空時代の日本人スーパーバイザーの方&現職の上司ショーン・ロウ氏
モットー/ベストを尽くせば誇りに思える

Prudential Assurance Company Singapore (Pte) Limited
www.prudential.com.sg
本社所在地/51Scotts Road, #04-16 Prudential@Scotts,(S)228241                                           保険に関する日本語でのお問い合わせ/9833-3801(石井)


英語の習得を心に決めていた大学4年間

 私の大学卒業年は就職氷河期で、やりたいことは何かなどと言っている場合ではなく、採用してもらえたらラッキーという風潮がありました。業種職種を問わず150社ほどエントリーした中、唯一内定をもらえたシンガポール航空に就職し、2004年に赴任しました。それまで、シンガポールがどんな国なのか、ぼんやりとしたイメージしかありませんでした。幸い、尊敬できる上司や気の合う仲間たちに恵まれ、慣れない国での新生活も乗り切れました。10も20も年上の人との対等に話ができ、思ったことは率直に話すことを求められる職場の雰囲気は、企業文化なのかシンガポールという国の性質なのか、とても働きやすく居心地がよかったです。

 英語は、在学中に絶対に身に付けたいと思っていたので、4年間かけてとことん訓練しました。留学生をサポートするボランティアチームに入り、実戦を積んでいきました。私の父母は語学が堪能で、英語は絶対に話せた方がいいと言われて育ったんです。また母からは、「結婚しても家庭に入ってはいけない。それは最悪の決断だよ」と言われ続けました。「子供は大きくなって親を置いていくからね、家庭におさまることを考えていたら生きることは楽しくない」と。

 SQでの仕事はとても楽しかったです。不満を漏らす人たちもいたけれど、組織が大きすぎて末端の声が上に届くものでもないので、不満を言うことが無駄に感じたし、文句を言うくらいなら辞めようと思っていました。地上では出会えないような方々と接する機会もたくさんありました。当時米国務長官だったヒラリー・クリントンとの会談のために、シンガポールに渡航された岡田克也外相の担当を務めさせていただいたのですが、長いフライトをご一緒するといろいろお話をしてくださるんです。芸能人でも企業の著名な社長さんでも、特別な人はいない、みんな同じなんだと実感できました。

自分にしかできない仕事を模索

 2016年、妊娠がきっかけで12年務めたSQを退職しました。妊娠がわかったらその日に退職しなければならないのですが、クビになるわけではなく、戻りたければいつでも戻れるシステムです。結局流産してしまったのですが、遅かれ早かれ辞めていたと思います。とてもいい会社でしたが、昇進制度や契約形態がローカル社員と同等ではなく、また、私の代わりはいくらでもいるわけで、もっと違う形で私を必要としてくれるところで働けたらいいなと思い始めていました。

 学生時代にお花のレッスンを受けたのがきっかけで、興味を惹かれるようになりました。仕事の合間にパリに通って師匠に習い、どんどんのめり込んでいったんです。段々とお花の仕事が定着し、オーダーをたくさんいただけるようになっていきました。でも、写真が送られてきて、「これと同じものを作って欲しい」とか「このお花でこういう雰囲気で」など、すでにイメージが決まったリクエストが多く、その際に「私じゃなくてもいいじゃん」と疑問を感じてしまったのです。有名なブランドメゾンから、週替わりでお店のお花のアレンジの仕事をオファーされたこともありました。花形の仕事でフィーもとても良かったのですが、使う花が限られていたり色やデザインが決まっていたりして、そこでまた「私が作るものじゃないじゃん」と思い断ってしまったんです。最終的に行き着いたのは、私は仕事ではなくアート活動としてお花をやっていきたいんだという結論でした。市場に行ってみないと花の入りがわかりません。黄色と白でとリクエストされても、いいお花がなければベストなものを仕上げられないわけです。全部任せますと言ってもらえると、すごくいいものができます。

 じゃあ仕事はどうしようかと考えていた時に、死産を経験しました。お腹の中ですでに亡くなっている状態なら対応できる病院は数多くあるのですが、もう育たないとわかった胎児を人工死産できる病院は限られていて、病院を探すところから始めなければなりませんでした。夫や親類もとても悲しんでいて、勝手に進めたら傷つけてしまうだろうと思い、自分の保険担当員に相談しました。すると、医師とのやりとりや家族への説得を取り持ってくれて、産後の心のケアからお金の話まで、すべてをアレンジしてくれたんです。彼女のお節介に人生を救われました。
 
 実は私の保険担当員は元SQの同僚なんです。心身ともに落ち着いてきた頃、フライトに戻ることも考えていると伝えたら、それなら一緒に働こうと声をかけてくれました。プルデンシャルの日本人の顧客が増えており、日本人のニーズがシンガポール人のものとは合わないことも多々あるので、間に入ってくれると助かると言われ、やってみようという気持ちになりました。実は、国家試験に受からないと入社もできないと知ったのは後々のことで、必死に勉強して合格しました。

シンガポールの保険の魅力

 お客様を担当してみて、なんであんなに同僚がお節介だったかようやくわかりました。みなさんすごくプロの手助けを必要としている方達なんです。保険のプランはとても複雑なので、最初に全部説明するわけではないのですが、それぞれの状況を心に留めておくんです。必要に応じて情報を説明し、ご家族が対処しきれるかどうかなど、ぐるぐる考えをめぐらせます。お客様と家族のような一生のお付き合いができる関係を築けていけそうだという感覚が、仕事のやりがいにつながっています。
シンガポールの保険料は日本の4分の1ほどで、受領できる保険料と納める保険料の割がはるかにいいんです。日本の疾病保険は3大疾病が主ですが、こちらは36疾病が対象でカバー範囲も厚い。アルツハイマー、視覚障害、聴覚障害など、発症後も共存しなければならない病気も含まれています。また、生命保険の死亡保障金が自分で受領できるプランもあります。帰任前に、積立型などに急いで加入される方々もたくさんいらっしゃいます。

 保険コンサルタントの仕事は一生続けます。試験に通れば誰でもできる仕事ですが、私のお客様は私がいいんです。私にしかできないことをやっていると毎日実感できます。自分にしかできないことをやる、は私にとって重要なキーワードなんです。
今日本人コンサルタントは私一人。私に何かあったらどうなるのかと、お客様も不安に感じられると思うので、一緒に仕事をしてくれるチームを作る予定です 2025年までに15人のチーム体制を目指しています。

秘訣は、日本とは比べないこと

 これから海外で活動しようという方々にお伝えしたいのは、とにかく日本と比べないことです。サービスや食べ物、仕事のやり方など、日本にはいいところがたくさんあります。日本ならこうじゃないのに、と思うと不満が募るばかりです。日本とは違う、そう思い至るのに3年はかかりましたが、比べるのをやめたら生活が楽しくなりました。

花の仕事は、月数回のレッスンとお任せのブーケオーダーのみ。店舗は構えず、マイペースでこなしているそう

忍耐、リーダーシップ、人を見る力、判断力など、どんな仕事にも必要なことを学んだSQ時代。素晴らしい体験や出会いの連続だった

師匠のヴァンソン・レサール氏と。出産前までパリに定期的に通い修行を積んだ

オススメの一冊

読むたびに視点が変わる一冊
同じ職場で働く5人の女性の物語で、それぞれの問題を抱え思い悩みながら生きる姿が描かれています。高校生の時に初めて読んだ時にはまだまだ先の話で、大学生の時にはもうすぐ彼女たちの年になるんだなと感じ、社会人になってからは自分にとって等身大で、同じ問題を共有していました。細かいところは忘れてしまうので、何度読んでも新鮮味があるんです。最後に読んだのは、3、4年前で、登場人物の誰よりも自分が年上になっていました。読むたびに視点が変わるので、毎回違う読書体験を楽しめるんです。


『女たちのジハード』(篠田節子・著、集英社)


取材・文 小林亮子
日本の映画業界で約10年働き2006年から在星。ローカル学校に通う二人の子育てのかたわら、執筆・通訳翻訳業や、バイリンガル環境の子供たちに日本語を教える会社を経営