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2021.07.30

【現場読解】

シンガポールや日本を拠点にグローバルな舞台で活躍するリーダーたちが、人生やビジネスについての信念や情熱を語る!世界の未来を担う人たちにヒントをあたえてくれる「オススメの一冊」も紹介。

《第20回》

 今年で創園33年目を迎えた、シンガポールで最も歴史のある日系幼稚園を率いる三代目園主の齋藤さん。どこか肩の力が抜けたくつろいだ雰囲気の中に垣間見える、子供たちへの優しさに満ちた眼差しと保育の現場に注がれる愛情の深さが印象的だった。老舗幼稚園が見すえる今後の展望についても語ってくれた。

齋藤 一郎さん
在星歴約11年
1980年東京都出身
尊敬するリーダー/特にいません。ただ、これまでの人生で出会いにとても恵まれてきたので、出会うということに敬意を表しています。
モットー/感情的になったら何も生まれない。

Japanese Kindergarten シンガポール日本人幼稚園
所在地:251 West Coast Road, Singapore 127390
従業員数:63名(日本人は13名、ローカルまたはPRが50名)
園児数:約200名
開園:1989年4月16日
学年:満2歳からの準年少、年少、年中、年長の4学年。年長のみJIC(Japanese International Class)あり
ウェブ:www.jks.com.sg
ブログ:jksingapore(Ameba)
Facebook : japanesekindergarten1989
Instagram : @jksingapore1989
Twitter : @twjks


三代目の園主となる前は、家業の飲食業に勤しむ

1988年4月18日、園舎建設にあたり起工式を挙行

 シンガポール日本人幼稚園は、1989年に親族の一人が創園しました。シンガポールで焼き鳥屋を営んでいた彼のもとに、シンガポールには日本人のための幼稚園がないから創園しないか、という話が持ちかけられました。新たなビジネス展開に関心があった彼はオファーを快諾、日系企業がどんどん進出する追い風の中、初の日系幼稚園が登場しました。初年度の園児数は113名でスタートしたそうです。その後、2008年に父が二代目に、2018年に父が他界したため私が三代目園主となりました。
 実家は日本橋で洋食屋を営んでおり、渡星前まで私は店を手伝っていました。大学生時代、中野の実家から日本橋の店まで通い終電で帰る日々を送っていました。調理師免許も取得し、人手が足りなければ厨房にも入っていました。
 夜中に帰宅すれば当然次の日の一限には間に合わず、4年生までに30単位ほどしか取れておりませんでした。そこから奮起して、海外留学制度でボーナス的に単位を稼いだりしなら、年間96単位を取得し、きっかり5年で卒業。今思うと、人生の中でもっとも頑張ったと言える期間でしたね。

2017年5月14日、日本人会サッカー大会。一般の部で優勝。所属する Mogura FC は、日本人会大会通算5回の優勝を誇る強豪サッカーチーム。他にもテニス、ゴルフなど、スポーツはとても大切なリフレッシュ法とのこと

教育業、海外という、未知な要素だらけの新生活の中で

 シンガポールに来るたびに園を訪れ現場の様子も見ていたのですが、なかなか幼稚園の仕事を継ぐ決心が固まりませんでした。異なる文化圏で、あまり得意ではない英語を用いて暮らすことへの不安がとても大きく悩んでました。日本の生活が好きで、特に海外に目が向いていたわけでもありませんでした。しかし、2008年に日本橋の再開発に伴い、店が立ち退かざるをえなくなったことをきっかけに、渡星の覚悟を決めました。
 教諭及びスタッフは約 8 割がローカルで、就任当初はローカルスタッフとのコミュニケーションに一苦労しました。言葉の問題もさることながら、日本独特の保育スタイルをなかなか分かってもらえず、短期で退職してしまう職員もたくさんいました。日本人同士ではわざわざ言葉にしなくても伝わることも、きちんと言わなければわかってもらえない。とにかく、こちらの考えが伝わるまで一人一人ととことん話をしました。次第に定着率があがり、現在では勤続年数が長く、60歳以上のスタッフがたくさんいます。

2019年5月18日、日本人会オーディトリアムルームにて30周年記念式典を挙行。「本日は、お日柄もよく」を読んで心に留めたことを密かに生かし、スピーチを披露

日系幼稚園における、多言語環境のニーズの変化

 現在、満2歳から3歳の準年少から、年少、年中、年長と、4学年にわたる園児が約200名所属しています。年長にはJICという、主に英語で保育を行うクラスもあります。
 以前は、すべて日本語による日本と同等の保育環境を求める保護者が圧倒的に多かったのですが、ここ数年は、せっかくシンガポールに来ているのだから、子供を英語環境で過ごさせたい、近所の幼稚園でいいから英語と中国語に触れさせたい、という思いのある保護者が増えつつあります。創園当初から、当園にも週一の英語のレッスンがありますが、流暢に話せるようになるには決して十分ではありませんでした。そこで新たな試みとして、2020年から年長学年に限り、すべての保育を英語で行う Japanese International Class(JIC)を開設しました。募集をかけたところ、定員の倍以上の応募があり、ニーズの高さを実感しました。JICでもカリキュラムはまったく他のクラスと同じで、違いは英語で行うという点だけです。教え込む形ではなく、「聞くこと」「読むこと」を中心に、自発的に英語に触れていく生活の中で、子供たちの英語力がすさまじいスピードで上達しました。1学期にはまったく英語が出てこなかった子たちが、2学期のステージ発表会では英語劇を披露するなど、卒園する頃にはかなり理解できるようになっていましたね。

モットーは、感情的にならないこと、子供たちに「後でね」と言わないこと

 JIC 設立に際し、職員から最初は様々な心配な声があがりました。ここは日本人幼稚園なのに日本語ではなく、なぜ英語を使うんですか、と。何度も話を重ねて、やっとみんなの協力を得ることができました。元来、私は新しいことにチャレンジするのが好きなのですが、概して教諭は新しいことを嫌う傾向が強いです。やったことのない試みを提案すると、どうしてそんなことをするのか、一体誰がやるのか、など向かい風にさらされます。いかに上手にまとめてもっていくかが、最も苦労する部分です。
 経営の中で大切にしていることは、感情的にならないことです。何かにぶつかった時、感情的になっても何の解決にもつながりません。怒りや悲しみがある時こそ、冷静な判断ができるよう心がけています。また、子供に声をかけられたら、必ずすぐに応えるようにしています。子供に対して、「後でね」という言葉はよくないと思っています。子供は、その時が一番知りたい、聞いてほしい時間なんですから。真剣に聞いていることが子供に伝われば、信頼関係が芽生えて距離が縮まっていきます。

将来的に目指すのは、日系幼稚園とインター幼稚園の両機能を備えた園

 来年度には JIC を年中学年に、ゆくゆくは全学年に開設。さらには日本人家庭の園児のみならず外国人の園児も受け入れて、日本人インターナショナル幼稚園としての機能も整えていきたいと思っています。選択肢を広げることで、より多様なニーズに応えていきたいと考えています。
 また、個人的にいつかできたらいいなと思っているのが、幼稚園で小動物を飼い、週末には周囲の公園などで地元の子どもたちを集め、移動式動物園を開くことです。今後はもっと地域の人々との交流を大切にし、社会貢献やシンガポールへの恩返しにつながることができれば、と思っています。
 最後に、今年からSNSに力を入れており、毎日インスタで給食を紹介しているほか、アメブロでも、教諭とスタッフが持ち回りで毎日ブログをアップしています。これからも開かれた幼稚園を目指し、給食や行事などの様子を配信していきますので、ぜひみなさんご覧ください。

オススメの一冊

 主人公が結婚式で出会った素晴らしいスピーチライターから、様々な言葉をもらいながら自らもスピーチライターへの道を歩むという話です。日々、子供だけではなく多くの職員と接する中、どのような言葉をかけて伝えればいいのかと模索していたとき、友人から勧められた本です。主人公が困難に直面した時、スピーチライターの師匠がかけた言葉が、とても印象的でした。「三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙が乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している」誰もが経験したことのない困難や、想像すらできない悲しみに直面した時、うつむいてばかりではなく強く前を向いて生きて行く大切さを改めて感じさせてくれました。


「本日は、お日柄もよく」(原田マハ・著、徳間文庫)

(取材・文 小林亮子)