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2020.07.30

【現場読解】

シンガポールや日本を拠点にグローバルな舞台で活躍するリーダーたちが、人生やビジネスについての信念や情熱を語る!世界の未来を担う人たちにヒントをあたえてくれる「オススメの一冊」も紹介。

《第10回》

昨年 12 月に投稿した動画「最も治安の悪い地区」のメガヒットで、いまやチャンネル登録者数 16 万人を超え、シンガポール人たちの間でもっとも有名な日本人 YouTuber の一人となったGhib Ojisanさん。「シンガポールの熱狂的なファンを増やしたい」という熱い思いを胸に、地元民の目線でディープなシンガポールの姿を発信し続けるジブさんの素顔に触れた。

Ghib Ojisan(ジブおじさん)
1990 年大阪生まれ
慶応義塾大学環境情報学部卒業
在星 2 年目
尊敬するリーダー/両親、新卒で入社した会社の先輩・上司たち
モットー/旅するように、自由に生きる

【YouTube チャンネル】
Ghib Ojisan
Taberu Trave
【メディア】
シンガポールと熱狂:www.nekkyo-singapore.com
【SNS】
Twitter:@ghibli_ojisan
Instagram:@ghibli_ojisan


親しみやすい “おじさん” を名前に

 Ghib Ojisan という名前の由来は、“ジブリ音楽弾き” +外国人にも覚えてもらいやすい “おじさん” です。10代の時「千と千尋の神隠し」に衝撃を受け、スタジオジブリの映画と音楽に惚れ込みました。BUMP OF CHICKENが好きでギターに興味を持ち、兄に買わせたギターでちゃっかり練習していました。ちゃんと習ったことはなく、全部独学。だからあまり上手じゃないんですよ。

 親の仕事の関係で、2歳から19歳までカリフォルニアで過ごしました。現地校に通い、毎日重たい教科書をロッカーから取り出して勉強ばかりしていた記憶があります。日本とは違い、部活に入るにはトライアウトという入部試験に受からなければならず、基本的には元々上手な人しか入れませんでした。高校の頃テニスとサッカーの試験を受けましたが、見事に落選。日本のドラマやアニメを見ていると、部活はまさに青春!という印象だったので、日本への憧れが芽生えました。また、個を重んじるアメリカで育ったため、チームでなにかを成し遂げる文化のある日本に惹かれる気持ちもありました。そこで、日本の大学への進学を希望し帰国したんです。親の勧めで嫌々通っていた週1 回の日本語の学校のおかげで、日本語も維持できていました。

4年で脱サラ、放浪の旅へ

 大学では吹奏楽サークルに入りました。初めの頃は、敬語が使えない、いきなり他人の懐に入ってしまう、サークルの和を乱すなどトラブルも多かったですが、徐々に日本の生活に慣れていきました。いい思い出ばかりです。

 大学卒業後はメーカーに就職し、希望とはほぼ遠い人事部に配属されました。その後希望の営業職に異動しましたが、自由のない日々に嫌気がさし、2017 年に会社を辞めました。旅に出たい気持ちをずっと温めていたので、退職後、ギターを持って日本を飛び出たのです。

路上ライブ初日は下見に終わる

 旅の資金は100万円ほど。1年くらいはいけるかなというイメージで、一カ所に飽きたら次の国に向かうという計画性ゼロの旅でした。11カ月で27カ国を旅しながら、ギターの路上ライブ活動をしました。実は、それまで路上ライブの経験はなかったんですが、ギターがあれば費用の足しになるかもしれないし、話のネタにもなるだろうと一念発起しました。実際、旅の出費の半分以上をギターで賄えました。

 最初の頃はすごく緊張しましたね。初日はウロウロするだけで、結局演奏できないまま宿に戻った記憶があります。変な話ですが、演奏中も見ないでほしい、立ち止まらないでほしいと思ったほどです。そのうち、ギターのおかげで人と話すきっかけが生まれ、世界のあちこちで友達ができました。

 最初に訪れた台湾がすごく気に入ってしまい、約1カ月半でほぼ全域を回りました。みんなとてもフレンドリーで、ミルクティーや屋台飯を差し入れてくれた人もいました。どこに行っても常に人との交流はあるので、寂しさはありませんでしたね。逆に、心を開き続けることに疲れてぐったりする日の方が多かったかもしれません。実は、あまり社交的じゃないんです。

インド・ガンジス川のほとりでギターを鳴らしたら一瞬で人だかりが!音楽がきっかけでたくさんの方と交流、優しさに支えられる

「風になる」の路上ライブ動画が YouTuber への突破口に

 2018年始めに帰国し、YouTubeに動画を投稿し始めました。旅行中の動画は、実はすべて帰国後に投稿したんです。今思えば、もっと撮っておけばよかったなと思います。当初はまったく手応えなしでしたね。ところが、7本目にアップしていた、ベルギーの路上で演奏したジブリ映画「猫の恩返し」の主題歌「風になる」が、突然大ヒットしたんです。旅を始めた頃から個人でウェブサイトの運営をしていたので、帰国後も月に10万円くらい稼げればいいな、なんて思っていた矢先でした。

 登録者が2週間で2万人まで一気に伸び、めちゃくちゃ嬉しかったですね。これはいけるんじゃないかという感覚を初めて持ち、YouTube の方に方向転換しました。この動画はいまや再生回数800万回を超えています。

YouTuber としての道を開くことになった動画のワンカット。現時点で 800 万再生

シンガポールに移住した理由は恋

 2018年12月にシンガポールに移住し、その後 旅先のシンガポールで出会った女性と結婚しました。路上ライブ中に話しかけてくれたのが馴れ初めです。現地企業に就職するも、どうしても動画投稿の頻度が下がってしまっていたことに懸念を感じ、半年で辞め独立しました。しかし、YouTubeは鳴かず飛ばずで、旅で撮りためたギター動画のストックもなくなり、長らくスランプ状態に陥りましたね。そんな時、第二の転機となったのが、昨年12月に投稿してバズった「最も治安の悪い地区」としてイーシュンを紹介した動画です。これで一気にシンガポール人の登録者数が増え、ローカルメディアの取材も殺到しました。観光客が誰も行かない場所を、外国人の目で紹介したのがウケたんだと思います。現在、登録者数は約7割がシンガポール人で、ローカル情報や日本人の視点から教えて欲しいことなど、生の声をもらっています。

義理の両親との濃密な日々

 妻の実家に居候中なので、家族で過ごす時間がとても多いんです。シンガポール人と国際結婚した日本人から、親戚づきあいが面倒だという声を聞きますが、僕はかえって、家族との時間こそが一番大事だと感じるようになりました。いい意味でインスパイアされ、日本にいる両親をもっと大切にしようと思うようにもなりました。チャイニーズニューイヤーの親戚回りも楽しいですよ。

 シンガポールでの生活は、あまり気を張らず自然体でいられるのが楽ですね。多民族国家のアメリカの雰囲気に通ずるものがあるので、すんなり馴染めたのかもしれません。

マンネリ化を克服するには

 実は、3カ月くらいで旅に飽き始めたんです。どこの国でも、朝起きて何を食べるか考え、街を適当にふらついて宿に戻って休む、というライフスタイルは同じ。YouTuber の生活も同様で、毎日撮影して編集して投稿するという繰り返しだと、マンネリ化してくるんです。好きなことをやっているのに気持ちが乗らないという壁にぶち当たった時、それを乗り越えるのは、結局は心の持ちようなんじゃないかと思い至りました。目的もなく世界中を旅する贅沢ができるありがたさに気づくと、動き続けるエネルギーが沸いてきました。再生回数が伸びなくてつらくても、4、5千人が見てくれていることに目を向けると、また新しいことをやろうという気持ちになれます。

YouTuber として成功する秘訣

 基本的には、成功するまでやめないことです。つらい時期も長かったですが、続けていたらなんとかなった。本業にせず趣味レベルでやるなど、続けられる環境を作ることも大切です。僕や他の YouTuber もそうですが、伸びるときは一気に伸びるんです。予感すらない。いつかは伸びることもあるので、とにかく続けることです。

 他の人がやっていないことをやろうという差別化戦略は大事だと思います。長年続けていると、どんなものがそれに該当するのか感覚的にわかりますよ。

S$3.80 の床屋に訪れて動画にするなど、ディープなコンテンツを制作

リピートしたくなるシンガポールの魅力を伝える

 現在、YouTube チャンネルとウェブサイトの運営のほか、ウェブコンサルなどを手がけています。企業とのコラボなどやりたい企画はたくさんありますが、第一の目標はとにかく、「マリーナベイ・サンズとマーライオンを超えたシンガポールの魅力」を広め、リピーターを増やすことです。

 動画が注目されたイーシュンは、個人的にも大好きなスポットです。ホーカーズ、ウェットマーケット、エビ釣り、温泉などが楽しめて、地元の人たちがワイワイ集っている。シンガポールの魅力が詰まった場所なので、是非訪れてみてほしいですね。
 気にはなってるけど行くのは大変だな、と思っているのが、チョアチューカンのファームエリアです。なにせ遠い。3、40 分の距離なんて日本人にとってはどうってことないはずなのに、感覚がすっかり現地化しているのかもしれません。

オススメの一冊

『深夜特急』シリーズ(全6巻)、(沢木耕太郎・著、新潮社)


インドのニューデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスで向かう男の話で、僕が旅に出るきっかけを与えてくれた本です。楽しいところ、つらいところ、わくわくするところなど、旅のすべてが詰まっています。大学卒業前までまったく旅の経験がなかったんですが、この本に出会って旅に魅了され、結局それが今の仕事にもつながっているんです。


取材・文 小林亮子
日本の映画業界で約10年働き2006年から在星。ローカル学校に通う二人の子育てのかたわら、執筆・通訳翻訳業や、バイリンガル環境の子供たちに日本語を教える会社を経営

 
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