2020.03.30
【現場読解】
シンガポールや日本を拠点にグローバルな舞台で活躍するリーダーたちが、人生やビジネスについての信念や情熱を語る!世界の未来を担う人たちにヒントをあたえてくれる「オススメの一冊」も紹介。
《第7回》
ワールド・グルメ・サミットでの複数回受賞やソムリエコンペティションアジア大会での優勝など、数々の栄えある受賞歴を持つソムリエにして、ワイン・ウイスキープレイス「La Terre」の経営者でもある川合氏に、片時も休まずに追求し続ける飲食業及び人生の極意を聞いた。
川合大介さん
1977 年新潟県生まれ
在星 10 年目
尊敬するリーダー/誰もいません
モットー/可能性を信じる
La Terre ラテール
www.laterrewine.com
所在地/ 11 Upper Circular Road, (S)058409
資本金/ 100,000ドル
従業員/ 5 名 (2020 年 3 月現在 パートタイムスタッフ含む)
業務内容/ワイン・ウイスキープレイス
問い合わせ先/ info@laterrewine.com
飲食業を仕事に選んだ理由は、まったくなかった
ワインソムリエのイメージが強いかと思いますが、現在の主な業務はワイン・ウイスキープレイスの経営で、自分もオーナーソムリエとして現場に立っています。その他、世界中のワイン生産者からの依頼によるワインスピーチ、企業等から依頼されるワイン講座での講師、品評会やソムリエコンペティションの審査員などの仕事も手がけています。
高校卒業後、すぐに働き始めました。両親が離婚したこともあり、経済的に自立しなければならない状況で、地元の新潟より東京の方が楽しそうだったので上京しました。仕事はなんでもよかったんです。「フロムエー」や「an」を見て、たまたま見つかった喫茶店のウェイターの仕事につきました。飲食業を仕事に選んだ理由は、まったくありません。
一年に満たない頃、喫茶店よりなんだかもう少しかっこ良さそうだった帝国ホテルに職を得ました。もともと相当負けず嫌いの性格で、どうすれば他の人よりいい仕事ができるか、他の人と差をつけられるかをいつも考えていました。接客業で大事なのは、人当たりの良さや会話のうまさだけでなく、フロアすべてに目が行き届くこと、お客様の要望を瞬時に叶えることです。お客様はオーダーが決まったらメニューから目を離してスタッフを呼ぶわけですが、スタッフはしっかり観察していればその瞬間を予測できるのです。呼ばれる前に、絶妙な瞬間にさりげなくすでにそこにいるのがラグジュアリーなサービスです。そういった空間認識、空間支配のスキルは現場でこそ培われるもの。飲食サービスの神髄を帝国ホテルで徹底的に学びました。
日本以外でも生き残れる能力を身につけることを目指した
帝国ホテルで 2、3 年働いた後、ワーキングホリデーでオーストラリアに渡り、下見なしでいきなり 1 年滞在しました。学生の頃は英語が一番苦手で、赤点と追試ばかり。でも、帝国ホテル時代、片言の英語でもお客様とコミュニケーションが取れることが嬉しくて、そこから海外への興味が芽生えました。帰国後も飲食業を転々とし、お金を貯めては旅行をしていました。1999 年から現在まで、訪れた国は 40 カ国以上です。とにかく、知らないところに行ってみたい、足を踏み入れてみたいという気持ちが強かったのです。
世界全体を視野に入れて日本以外でも生きていける場所を探し、どこでも生活していける能力を身につけたかったのです。海外で自分の基盤を作る場所を探していたとき、シンガポールの 3 つ星レストランのレザミから、ソムリエのポジションのオファーを受けました。
実は、よほど規模の大きい高級レストランでないかぎり、マネージャとソムリエのポジションが分かれることはあまりないのです。小中規模だと、マネージャーがソムリエを兼務してリスティングなどを行います。日本で、接客サービスからマネージャー職、レストラン経営まで飲食業で経験を積んでいく中、ワインのことを知らないといい仕事ができないという状況に直面しました。そこで、ワインの勉強をしソムリエの資格を取得しました。「なぜワインを選んだのか」とよく聞かれますが、決して選んだわけではなくたまたま目の前にあったから、というのが正直な答えです。
ソムリエのネームバリュー向上は、経営戦略
レザミでは、すぐにシェフソムリエ(*1)に昇進しました。レストランの経営の集客力は、料理のクオリティはもちろんのこと、マーケティング戦略による部分が大きいのです。料理長は、その名前で集客できるレストランの看板とも言える存在です。同様に、ソムリエなら店のスター的ポジションを築けると考えました。ソムリエとしてのネームバリューがあがれば、ビジネス効果も増大すると思い、精力的にコンペティションに挑戦し始めました。
レザミのような高級レストランでは、スタッフは組織化され指示系統も明確でした。例えば、サービスウェイターチームは、シェフソムリエだった僕の管理下にはなかった。しかし、日本のサービスクオリティのスタンダードから、もっとこうすべきなのにという気持ちになることが多々ありました。次第に、レストランマネージャーのポジションに戻ってみたいと思うようになり、当時フォートカニングにあった新規事業のルーイン・テラスの立ち上げに GM として転職しました。そこでも、経営側とのやりとりの中で疑問を感じることが多く、また自分自身の欲が止まらずに、自分で経営を手掛けたいと考えるようになったのです。
ラテール開業前に、とあるワインビジネスの誘いに乗って失敗を経験しています。事業立ち上げまで進みましたが、意見の食い違いでパートナーと決裂、資本比率から僕の立場は弱く、最後は弾かれるような形で職を失いました。突然 EP をキャンセルされ、一時は無職無収入の放浪状態に陥ったこともありました。
ラテールの業務には、今までの経験すべてが凝縮されていると思います。飲食店の経営状況は数値に出るので極めてシビアで、お客様が一人でも多く増えることを目指していくしかありません。どんな小さなことでも、常に向上を目指しています。例えば、オーダーを受けてから提供するまでの時間は、1秒でも短縮すべき。クオリティを保ったまま 1秒でも速くお出しする、それがそのレストランのクオリティにつながります。集客戦略、サービス向上のアイディア、さらにコンペティションで勝つための情報収集、人脈を広げるためのミーティング、開店前の準備を完璧に整えることなど、休みはいっときもありません。今、ソムリエコンペティションで世界一になるという目標を掲げており、常に自分を鍛え上げていくしかありません。
日本が後進国になっていくのではと懸念
今シンガポールでのビジネスチャンスはどうか、このワインは流行るだろうかとワイン生産者からよく聞かれますが、正直答えようがありません。頑張って販売すればチャンスはあるし、販売しなければチャンスはまったくない。ビジネスをやるには、目指すマーケットに対して適応力があるか、一生懸命やれるか、自分の目で観察して状況把握し常に変化に対応していけるかが大切だと思います。
今、世界の流れがどんどん速くなっており、日本はそこに遅れがちで、結果的に後進国になっていくのではと懸念しています。これまで日本が世界で評価されてきたのは、長い歴史の中での功績やものづくりのクオリティなどが認められていたからだと思いますが、競争力が下がれば次第に見向きもされなくなるんじゃないでしょうか。世界を見渡してみて、自分がいる場所がどういう状況か、自分はいかに生きていくか、危機感をもって考えていくべきだと考えています。
とはいえ、ビジネス的に成功したり、向上していくだけが人生ではないので、生まれた土地で暮らし、そこで生涯を終えてもいいわけです。その人が何を求めるかですね。
(*1)シェフとは、フランス語で‘トップ’の意。
2017 年 12 月、ソムリエコンペティションのアジア大会優勝
ワインセミナーの講師としても活躍する川合氏
2019 年 4 月、3 回目の「ワールド・グルメ・サミットのソムリエ・オブ・ザ・イヤー」の受賞(2013 年、2017 年にも同賞を受賞)
気持ちが高まる一冊
『十二番目の天使』 (オグ・マンディーノ著、求龍堂)
日本にいた頃、成功哲学に関する本をたくさん読みました。これもそのうちの一冊です。人生の岐路に立つ 40 代の男性が、少年野球チームのコーチをやることになり、そこで他よりも能力は低いがやる気に満ち溢れた一人の少年に出会う話です。成功哲学と物語が完全に一体化していて、物語を読みながら成功のヒントを与えてくれたり、自分の怠けたい気持ちを払拭してくれたり、気持ちを奮い立たせてくれました。世の中には、貧困な国や境遇に生まれ、努力の仕方すらわからない、成功の可能性すら知らない人が大勢います。自分は少なくとも、努力すれば届く可能性が見えているのだから恵まれている、それなら努力しないなんて損だと思わせてくれる、そんな本です。
取材・文 小林亮子
日本の映画業界で約10年働き2006年から在星。ローカル学校に通う二人の子育てのかたわら、執筆・通訳翻訳業や、バイリンガル環境の子供たちに日本語を教える会社を経営
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