2016.08.12
ピースサインの革命家
マリーナベイ・サンズにある、アート・サイエンス・ミュージアムに、この3 月に登場した未来の空間「フューチャーワールド」。ウルトラテクノロジスト集団、チームラボによる初の大規模な常設展示で、大人も子どもも遊びながら鑑賞できる作品が15 点展示されている。創業時からデジタルアートを発表し続け、シンガポールビエンナーレで大々的な展示を行ったほか、現在シリコンバレー、トルコ等、世界各国で展示を行っている今注目のアーティスト集団、チームラボ。国籍もバックグラウンドも様々だが、共通するのは、何かに秀でたスペシャリストであるということ。そんな個性あふれる約400 人のメンバーを率いる、代表の猪子寿之さんとは、どんな人なのか。
Toshiyuki Inoko
1977 年、徳島県出身。
2001 年、東京大学卒業と同時にチームラボを設立、代表として、エンジニア、プログラマー、数学者、建築家など各分野のスペシャリスト約400 名を率いる。
「時代の寵児」とも呼ばれる気鋭のクリエイターは、約束の時間を1時間20分ほど過ぎて、昼時に登場した。究極の夜型で、早起きは、苦手らしい。2日前にトルコ・イスタンブールで始まった展示のオープニングに参加した後、シンガポール入り。取材前日は、明け方まで展示の微調整とミーティングを行っていたという。徳島県出身、1977年生まれの39歳。最初は寝起きで若干けだるい雰囲気ではあったものの、作品について話し始めると、止まらない。まるで、自分の頭の回転のスピードと同じ速さで言葉を発することができないのがもどかしい、とでもいうような。「デジタルアートで世界を変える」。どこからともなく与えられた使命を背負った革命家。そんな印象を持った。
猪子さんと「デジタル」との出会いとは?
「デジタル」が私たちに身近なものになったのは、インターネットが一般化した1995年頃。猪子さんは、1996年に大学に入学し、初めてパソコンをインターネットにつないだ時のことが忘れられないという。「新しい時代が来ると感じ、自分もその時代を作る一人になりたいと思った」。その思いのまま、駆け抜けた20年。
台北で開かれたTEDでスピーチを行うなど、時代を切り開くクリエイターとして世界から注目されている猪子さんだが、「自分は決して天才でもないし、生まれ持ってクリエイティブなわけでもない」と言い切る。もしそれが謙遜でないとするならば、なぜクリエイティブな世界に身を置いたのか。その答えは、驚くほどリアリスティックだった。「デジタルができたことで、今ある仕事はどんどん機械ができるようになってくる。そうしたら、未来に人間が必要とされるのは、創造性だけ。そういう人間に生まれ変わらなければ生きていけない。生きていくために、『普通』な自分を変えるために、それぞれに優れた能力を持つ仲間を集めて、集団的創造の場を作った。それが、チームラボです。」チーム+ラボ=チームで開発する研究所。その名前は、猪子さんの思いをそのまま表したものだったのだ。
このリアリスティックな考えは、猪子さんの子ども時代に由来しているという。「自分は田舎のごく普通の子どもだったし、作品は『チーム』ラボで作り上げたものだから」と、個人に焦点を当てられることを好まない猪子さんが、唯一過去の自分と今の自分をつなぐものとして認めているのが、家族の中の多様性だ。
祖母は敬虔なプロテスタント、父は科学を愛する現実主義者、母は真言密教を深く信仰していた。そんな家族の中で育ち、混乱することもあったという。「日曜日に、祖母について教会に行くと、世界は何万年か前に神様が作った、という絵本を読まされるんです。それで、そうか、と思って家に帰って、父が買ってくれた恐竜図鑑を読むと、そのはるか昔から恐竜は存在していた、とある。世界は神様が作ったんじゃないのか?と混乱しました。そういったことが日常茶飯事に起きるんです。みんな言っていることがバラバラだから、何を信じればいいかわからなかった」
そんな経験は、猪子さんを周りが何を言うか、ではなく、自分で物事を突き詰めて考え、決定していく人間に育てた。また、それは多様な考えを認める、今の猪子さんのスタンスを作ったとも言えるだろう。世の中で一般的に言われている「常識」にとらわれない。さらに、大学を卒業と同時に起業したから、世の中の、いわゆる一般的な社会の常識を知らない。でも、だからこそ、常識にしばられず、新しい時代の新しい考え方を身につけることができた。
子どもたちにも、「これまでの常識」にとらわれない、未来の世界の新しい考え方を学んでほしい。常設展「フューチャーワールド」には、そんな思いが込められている
「人類はこれまで、長いこと、紙の上、つまり二次元で考えてきた。だけれども、電子メールに紙とインクが必要ないように、デジタルの出現で、人間の頭の中にあるイメージや情報は、重さを持たない形で存在できるようになった。そして、未来を生きていく子どもたちには、そんな風に物事をとらえてほしい」。それはきっと、未来の人間が必要とされる、創造性を生み出すことにもつながるはず。旧来の二次元の考え方でなく、脳を三次元にバージョンアップする、そのための展示とはどのようなものなのか。その一つが、『つながる!積み木列車』という作品。台の上に投影された街に、同じ色の積み木を並べると、色に応じて、その間に、道や線路ができてくる。柔軟に、そしてすぐさま、自分の頭の中のイメージが形になって行く喜び。デジタルならではの特性を生かした遊びだ。しかし、三次元、というのはそこにとどまらない。この小さな街にはヘリコプターが飛んでおり、展示の脇に設置されたスクリーンには、ヘリコプターからの街の映像が投影されている。
子どもたちは遊びながら、無意識のうちに二次元の平面の街を、三次元に捉えなおすことができる、というわけだ。そして、訴えたいのは、高度に複雑化してしまい、一人ひとりの人の存在が軽んじられている近代に対するアンチテーゼだ。
「デジタルというのは、人と人を切り離すものとして語られがち。だけれども、問題なのは近代というシステム。近代を代表するものとして、デジタルが使われているから、デジタルが悪者にされてしまっているだけ。イメージをイメージとして、質量のないそのままの姿で存在させることができ、双方向に、自在に変化することができるデジタルというのは、むしろ、人と人をつないでいくもの」近代になって、社会があまりに大きくなりすぎて、自分や隣にいる人、一人ひとりの行動が、社会に及ぼす影響が、全体の中でわずかなものになってしまっている。存在が社会に影響を与えない、顔のない「誰か」。だから、お互いに無関心になるし、その存在が邪魔なものとして捉えられてしまう。そんな近代の問題点をデジタルアートの力で変えていきたいのだという。
「例えば、ルーブル美術館に行ってモナリザを見るとします。モナリザは当然、アナログアートで、絵具とキャンバスでできていますよね。人気の展示ですから、混雑して人だかりができていて、遠くからしか見えない。そんな時、自分の周りにいる人は邪魔だとしか感じられません。だけれども、僕たちが展示している『花と人』という作品は違います。一つの部屋全体にデジタル映像で花が影されているのですが、人が触ると散ったり、ずっと一つの場所に立っていると、その周りに花が咲いてきたりするんです。その場所に誰かがいることで、起きる変化が美しかったり、ポジティブなものであるならば、人は他人の存在をポジティブに捉えられるのではないか。スポーツなどで感じる、仲間意識というような強烈な意識ではなくって、ただそこにいる、あるがままの存在として、他者を認め合う。デジタルアートには、そんなことができるのではないかと思っているのです」
もう一つの『お絵かきタウン』という作品についても同じことが言える。紙に車やビルを描くと、二次元だった絵が三次元の立体になって街ができる、参加型のアートだ。「もしここを、自分一人で借り切ったらどうでしょう?全部が同じような車の絵だったらどうでしょう?面白くないですよね。他の人が描く絵があるから、そして色々な絵があるから、楽しいんです。今、学校などで絵を描くと、どうしても上手い、下手の決まりきった評価軸になりますよね。だけれども、存在することで、他の絵を引き立てる絵もある。そんな風に物事をとらえられるのは、とても大切なことだと思うのです」
旧来の縦型の競争社会のシステムではなくて、人と人が緩やかにつながり、ポジティブなものとしてお互いの存在を、そして多様性を認め合う、そんな空間を作りたい。誰かがいるから、楽しいアート、色々な人がいるから、楽しいアート。それは、デジタルアートだからこそできる、多様性を認める社会の提案だ。
ピースサイン
そして、デジタルアートを通して、猪子さんが追い求める恒久的なテーマは、猪子さんが写真を撮られるときの定番のポーズに隠されていた。「ピースサイン」。誰でもとるポーズのようだが、猪子さんのそれには、「平和」への思いが込められている。「だって、自分の身の回りが、平和でハッピーなほうが、そりゃいいでしょう」シンプルな答えが返ってきた。
私たちの周りには、色々な情報があふれている。何事にもとらわれることなく、何が人類にとって良いことなのか。それを突き詰めた先にあった、シンプルな、そして、世界共通の「平和」という答え。それを追求しているからこそ、チームラボのアートは、世界の人に愛され、認められているのだろう。同時にそれは、究極のリアリストである猪子さんの、「社会の中で自分らしく生きていくため」の方法を考え抜いた末に行き着いたテーマであるのかもしれない。
他者をあるがままの他者として認めることは、平和な世の中への第一歩
そして、自分の関わりが世界をほんの少し変えているという実感は、子どもたちの自己肯定感にもつながるはずだ。
「『そんなことをして何になるんだ』という人もいるかも知れない。だけれども、僕らはデジタルアートの力を信じているし、僕らの作品が、世界を少しでも良い方向に進めている、そう信じているんです」
シンガポールの後は、オーストラリア・シドニーでの新展示のオープニング、故郷徳島に戻って地元のテレビ局とコラボレーションした音楽イベント、休む間もなく再びフィリピン・マニラへと、数週間で地球を一周してしまうような忙しいスケジュール。デジタルアートで世界を平和に、ハッピーに。ピースサインの革命家は、きょうも世界のどこかで、その活動を続けている。
▼FUTURE WORLD: WHERE ART MEETS SCIENCEについてはこちらのリンクから!
インタビュアー:仲山今日子
フリーアナウンサー、ディレクター、ライター。
元TBS 系列テレビ山梨、テレビ神奈川アナウンサー。
現在、FM96.3 Smile Wave でシンガポールのアートやレストランシーンを紹介。地球の歩き方特派員、オールアバウトシンガポールガイド、旅いさら旅のプロとしても、シンガポールの情報を発信している。 ブログ