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2020.10.01

J+PLUSスペシャルインタビュー 第二弾

群雄割拠のシンガポール飲食業界の中で、斬新なアイディアで挑み続けている松本氏。流行語にもなった「女子会」は何を隠そう日本 で大手飲食チェーンにて働いていた時代に松本氏が考案したものだ。シンガポール進出後も「和食五縁」「焼肉王」「魚王魚王」をオープンし、今やローカルにも絶大な人気を誇る飲食店に成長している。そんな 彼が満を持してオープンした「個室居酒屋 まつもと」はオープン直後からすでに「予約の取れない店」となっているようだ。
前回 9月号に続いて松本氏の特別インタビューを掲載する。今回はより経営論に迫った内容となっている。シンガポールのみならず飲食関係者必見の「松本流経営術」を紐解いていきたい。


J+PLUS(以下「 J」):松本氏のビジネスの着眼点についてもう少し詳しく伺いたい
松本氏(以下「松」):前回インタビューでもお話したように、新しい業態を考える時は、自分が普段の生活の中で消費者として納得していない商品やサービスに着目しています。市場のニーズやWantsを敏感に感じ取ることでビジネスチャンスは生 まれます。今までは、シンガポールで食べる日本の焼肉や海鮮料理が高かった。「日本の美味い焼肉や海鮮料理を食べたい」けれども「お金がないから食べられない」というのがニーズとWantsの関係です。「お金がないと美味しいお肉が食べられない」という当時の常識があったからこそ「安くて美味しいお肉」がビジネスチャンスになりました。世の中にはそういった現状と欲との乖離が多く起きています。これは日本時代から培ってきたもので、今も変わりません。

J:昨年オープンした「魚王魚王」はその立地(Sunshine Plaza内)が話題となり、正直なぜあんなところに?と当初思ったが、結果成功している。なぜか?
松:「魚王魚王」を作る際にもちろん色々物件は探しました。物件選びの条件は①路面であること。②地代が安いこと。の2つでした。シンガポールでの「好立地」とは何でしょうか?僕はシンガポールにおいてはCBDエリア(中心地)の一階の路面店 であれば全てが「好立地」だと思っています。何故ならシンガポールは日本よりもはるかにタクシー移動が多いからです。日本人駐在員などをターゲットにする店は特にこれが当てはまります。市内からタクシーで10分以内に行ける場所であれば、アクセスの問題は発生しません。「魚王魚王」の場合もその意味ではアクセスには全く問題がないと考えていました。もちろん場所柄目立つ立地ではないので、認知には時間がかかると思っていましたが、あの場所は学生街でもあったので昼需要も見込めると考え、魚の圧倒的なコストパフォーマンスが認知されれば勝機はあると考えました。また②については、経営全体のコスト面の考え方が重要になってきますが、前述の通り「魚王魚王」は美味い魚を「安く」提供しなければいけません。ただし魚は日本から仕入れるわけですからもちろんコストは掛かります。だからこそ利益率を確保する為にも場所はコストを抑える必要があったのです。全てのレストランで利益率25%以上を確保するように設計しています。

J:コスト面の考え方についても詳しくお伺いしたい
松:売上とコストを算出する時に、飲食店であればどの値段で商品を提供するか、そしてその為のコスト設計が重要になってきます。僕らの場合、日本の食材を安く提供する必要があるので、普通にやってしまえば薄利になってしまいます。例えば100円のコストのものを101円で売るとすれば、1円しか儲かりませんが、これをどう200円で売っていくかを考えます。つまり商品単体での売上とコスト計算ではなく、総合的な売上とコスト設計をする必要があります。収益設計をする際に(商品原価や人件費など)単体で考えるのではなく、全体で見ることが重要です。例えばよく飲食店の基本として考えられている商品原価は30%、人件費は25%じゃなければいけないなどの固定観念を持ったらやっていけません。僕らのあるお店では商品原価が40%、人件費が10%です。これが全体コスト設計の考え方です。目玉商品は原価80%ですからね。原価率が高いとお客さんの満足度が違います。魚王魚王の鮮魚9点盛りなんて原価率が80%、6点盛りは60%ですし。そこでお客さんに「あそこはいい店だ」という印象を植え付ける事が重要です。それだけ頼まれたら利益が出ないじゃないか?と思われるかもしれないけれど、実際お客さんの行動心理としてそうはならない。刺身だけ食べる人はいないですからね。さらに 魚王魚王では家賃比率を10%に、人件費を15%に抑えています。その分コストを違うところにかけられるということです。

J:人件費をなぜそこまで抑えられるのか?
松:飲食店で大きな問題になるのは、人件費ですね。我々はフードコートを多く(約10店舗以上)抱えています。そこでシンガポール人を多く雇用しています。なぜならそこでWork Permitや労働者を他の店に送り込む事で、全体の人件費を抑える事ができます。なぜフードコートかというとローカルスタッフの離職率が低いからです。彼らはフードコートやホーカーセンターで働くことに慣れていて、楽に働けるようです。逆にレストランサービスは慣れてないからやりたがらない。またフードーコートを持っていることで商品仕入れ面でバイイングパワーがついて行きます。コスト面で楽になれば、その分をお客 様に還元できる。
つまりSPASSが欲しい → シンガポール人を雇う必要がある → フードコートを出店するべきということです。レストラン展開する前の2年間でその下地は作りましたし、フードコードでは大きく儲からなくても良いと考えています。

J:魚王魚王はオープン当日は閑散としていたというが?
松:魚王魚王がグランドオープンした初日はお客様が二組だけでした。売上は300 シンガポールドルです。ただそれは当初から覚悟していました。やはり立地上、認知が広がるのに時間が必要と思っていました。それがありがたいことに現在では満席の日が多くなって来ています。大事な事はマーケティング戦略をする上で、ターゲットを明確にする事。魚王魚王は駐在員のおっさんに多く来ていただきたかった。彼らは魚好きが多く、だけど安く食べるところがないから僕が作った。だからこそ駐在員のおっさんを優遇した施策を取っています。魚王魚王の「アルコール割」(アルコールを頼 むと料理が安くなる)や「おっさんジャックポット」(店内満席率80%で、全員が男性サラリーマンの場合。その場の全てのお会計が半額)などはそんな施策の一部です。僕のモットーはいかに全方位の51%に支持をされるか。その為に極端な施策をしています。明確なターゲットを設定しているからこそ、店のテーマに合わない人がいてもそれは仕方ない事と割り切ったほうがいいでしょう。

J:タンジョン・パガーの焼肉王は閉店したが、なぜか?
松:「まつもと」の前には、タンジョン・パガーのHDBの一階に「焼肉王」をオープンしていました。お客さんは順調に入っていたのですが、焼肉の煙に苦情が来てしまいました。しかも家賃が一年交渉だったので、更新の際にHDBから「煙禁止」となりました。それでは焼肉王はできない。だから閉店になりました。これは完全に失敗でしたね。ただそのおかげで移転という形で今回の「まつもと」のオープンに至りました。

J:コロナの CB 期間中に弁当宅配から、フルーツ・食材の宅配などを打ち出していたが?
松:サーキット・ブレーカー(CB)の際に、通常の店舗営業はできなかったので、我々もデリバリーのみの営業をせざるを得なくなりました。当初はお弁当のデリバリーをしていたのですが、当然売上もガタ落ち。しかもいつまでその状態が続くかもわからない中で、僕がお客さんならどうするかをずっと考えていました。その中で思いつい たのが「食材宅配」でした。CB期間中は、みんな家にいるしかない。だから時間は 余るほどあるのにやる事が限られてくる。そしていずれ商品のデリバリーにも飽きがくるはずだ。と考えました。そしてもし自分なら自宅で料理をしたいだろうなと。特にお子様がいらっしゃる主婦の方は、子供の面倒がある為、なるべく不要な外出は避けたいはず。そこに安くて質の良い食材やフルーツをデリバリーしたらきっと喜んで買って、自宅で料理をするに違いない。と考えすぐに宅配サービスを行いましたね。CB期間中約2ヶ月で1,000件近くのお客様に、僕自身で配達させて頂きました。誰でもアイディアを思いつく事はできますが、重要なのはそれを自分自身でやってしまう実行力があるかどうか。そしてやると決めたら徹底的にやる。その方法論は日本時 代から培っていますから。お陰様で、政府の保証もありCB期間中はなんとか黒字で生き残ることができました。

J:最後にコロナで大打撃を食らう飲食業界の今後の展望をどう考えているか?
松:年内は様々な規制が残ると言われていますし、ワクチンが普及して日常が戻るのには、しばらく時間はかかってしまいます。実際に飲食業界でも淘汰が始まっていて生き残れるお店とそうでないお店の二極化が進んで来ていますね。さらに仮にお店が 通常営業をできるようになったところで雇用の問題があるわけで、お店側としても少なくとも1年は回復するのに時間はかかるでしょう。本当に生きることを深く考えさせられていますね。ただ一方でこれはチャンスでもあると思っています。特に新店舗をオープンさせるのであれば、今は絶好のチャンスです。飲食店が減っていくという事は、今までの需要と供給のバランスが崩れていくという事です。そのバランスが崩れた時こそがチャンスだと思いますね。だからこそ事業拡大のチャンスですが、今まで以上にシンガポール人を雇用しなければいけないという問題をどう解決するかが鍵ですね。今後の政府の政策によるところも大きいですが。

【取材後記】
今回2度にわたって松本氏を取材させてもらった。普通なら明かさない飲食経営の裏側とも言える「松本流経営術」まで赤裸々に語って頂いた事をここに感謝申し上げたい。この不況にも負けない経営論は飲食関係者のみならず、多くのビジネスパーソンにとって参考になる内容だったのではないだろうか?そんな松本氏がタンジョン・パガーにオープンさせた個室居酒屋「まつもと」。読者の皆様も是非、この個室でコロナの先のビジネス談義でもいかがだろうか?


個室居酒屋 まつもと
住所:1 Tras link, #01-16O Orchid Hotel, (S)078867
TEL:6444-2488
営業時間:11:30〜23:30(政府の指示がある場合は、政府の営業時間に基づく)