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2016.10.31

シンガポールに於ける日本人ネイルサロンの先駆けとして、2010年Peony Tokyo Nails Eyelash Extention Salon & Academyをオープンさせた平澤さん。以来、日本の流行を取り入れた独自のネイルアートで多くのシンガポール人や日本人を魅了してきた。また同時に開校したネイルスクールでは日本の最先端技術を生徒たちに伝授、多くの生徒をプロとして世に送り出している。近年ではJapan-Asia Nails & Eye Beauty Association (JANEA) を設立し、その副理事長として東南アジアにおけるネイルとまつ毛エクステンションの普及と活動に携わる傍ら、その衛生面と安全性に警鐘を鳴らす。
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PEONY TOKYO PTE LTD. Managing Director
平澤 里香(ひらさわ りか)
東京都出身
東京ネイル学院卒業
Peony Tokyo Nails ・ Eyelash Extention Salon & Academy 代表
Japan-Asia Nails & Eye Beauty Association(JANEA) 副理事長

website : www.peony-nails.com
facebook : Peony Tokyo 


海外生活へのあこがれ

初めて海外に仕事で赴任したのは、26歳のとき。卒業後、日本で英会話スクールの経営企画の仕事をしていたが、旅行で行ったマレーシアが気に入り、そこでどうしても仕事をしてみたくなったという。ある日思い切ってマレーシアのホテルに履歴書を送ってみたところ、一社から返事があり、晴れて日本人セールスとして勤務することとなった。

ところが喜んでいたのもつかの間、いきなり驚くような事件が彼女を襲う。「まだマレーシアでの勤務が始まったばかりの頃、ある企業に営業に行ったら、たまたまそこで不法就労者の取り締まりがあったんです。営業どころではないので帰ろうとしたら、イミグレ当局に一緒に来るように言われ、その会社の人達とジャングルで一日拘束されました。女性だからと炎天下ではなくテントの中に座らせてくれたのですが、ライフルを持った人に囲まれて、怖くて怖くて。お昼にローカルの同僚がナシゴレンを差し入れてくれたのですが、田舎なのでスプーンもなく、泣きながら手で食べました」

ホテルの人事が迎えに来て、彼女の拘束が勘違いだとわかり、無事事なきを得たが、いきなり始まった海外生活のスタートは、26歳の女性にはかなり過激なものだった。その後ホテルでの勤務は1年ほどで終了し、日本に帰国したが、そんな目に遭ったにもかかわらず、平澤さんはその後もまた海外で生活したいとずっと思い続けていたという。

シンガポールを選んだきっかけ

シンガポールという国を選んだのはなぜ?という問いに平澤さんは、「本当は以前住んでいたマレーシアも良かったのですが、やはり個人の起業のしやすさと英語が通じるのが大きなポイントになりました」と明確に答えた。特にネイルサロンのメインとなるジェルネイルは単価が決して安くはない施術でもあり、それを考えるとマレーシアの安価な物価とのバランスも難しかったという。またシンガポールは日本人も多く、治安も良く、女性一人でも住みやすそうだったというのもこの国を選んだ大きな理由の一つだった。

可愛らしいインテリアのピオニートーキョーネ イル& アイラッシュサロン。イスタナ公園の目 の前に位置し、爽やかな緑がすがすがしい

可愛らしいインテリアのサロン。イスタナ公園の目の前に位置し、爽やかな緑がすがすがしい

ネイルとの出会いそしてシンガポールへ

ネイルとの出会いは、マレーシアから日本に戻ってから。営業職として仕事をする傍ら、いつかは自分でビジネスを始めたいと考えるようになり、また「もう一度海外に住みたい」という気持ちも日増しに強くなっていった。自分でネイルをするのが好きだったこともあり、漠然と海外でネイルサロンなんていいな、と夢を描くようになったのもこの頃だ。一方でキャリアパスも考え、将来子どもができても続けられる仕事をと思い、時間が不規則でない外資系の秘書職に転向した。時間が出来たので、暇な週末と夜の時間を利用して好きだったネイルスクールに通い始めた。やってみると想像した以上に楽しく、どんどんネイルの世界にはまっていったという。奥が深く、授業に出るたびに新しい技を覚える、うまくできなかったものがうまくできるようになる、とスクールに行くのが楽しくて仕方なかった。

そんなとき、実は影で彼女に一つの啓示を与えた言葉があった。「こんな話すると笑われちゃうかもしれないんですけど」と前置きをして話してくれたのは、当時会社の先輩に連れて行ってもらった、良く当たるという西宮の占い師の言葉。「あなたは誰かに何かを教えるのがいい。教えている姿が見えるわよ」そのときの言葉がきっかけとなって、やはり海外でネイルの仕事をしたい、と海外に行くことを決意。どうせ海外でネイルサロンを開くなら、同時にネイル教室も開いてみようと思い至ったという。

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JANEA の検定試験風景。さまざまな国の生徒たちの横顔が見られる

ネイル教室はアジアの発信地

そうして念願のネイルサロンとネイル教室をシンガポールにオープンした平澤さん。当初の教室に通っていた生徒はネイルを趣味として習いたいという日本人の駐在員の妻が多かったという。中には『資格をとって日本や次の転勤先でネイリストとして働きたい』という人もいるにはいたが、当時の生徒の多くはネイルを趣味の一環と捉えていた傾向が強かった。

しかし近年では、ネイル人口が増えたこともあり、ネイル教室に通う生徒の半分はローカルで日本人生徒は3割程度にとどまるという。残りはさまざまな国からやってきた外国人(フィリピン・モンゴル・インドネシア・ネパール・インド人など)だ。それぞれ日本の最先端技術を自分の国に持ち帰って、自分のサロンを開きたい、と夢を見ている人達である。

「でもね、技術だけじゃないんです。本当に自国に持ち帰って広めてほしいのは、衛生観念と安全管理。ネイルはファイル(やすり)をかけたり甘皮を除去したりと、肌に直接触れる施術。一歩間違えば出血もあるし、水虫やさまざまな病気が移ってしまう危険性も。だから器具の衛生管理はとても大切なんです」。さらに技術面でネイル以上に施術の安全性が求められるのが、まつ毛のエクステンション。まつ毛の場合は目に隣接しているので、質の悪いグルーなどのせいで、万が一目に問題が起きれば事態は深刻である。また、まつ毛に負担がかかるような下手な施術をすれば、瞼に痛みや腫れが出たり、まつ毛が抜け落ちたりとさまざまなトラブルが起きる可能性も大きい。

「日本では、まつ毛のエクステンション施術を行うには美容師免許が必要。でもこの国では特に資格が要らないので、極端な話、誰でもなろうと思えばなれるんです。だから施術者の技術にも大きな差があるし、使っている製品も良いものから劣悪なものまでさまざま。クライアントもサロン選びには注意が必要なんですよ」と平澤さんはシンガポールの美容事情に警鐘を鳴らす。

生徒の卒業制作

生徒の卒業制作

JANEA設立の熱い思い

シンガポールのネイルサロンやまつ毛のエクステサロンで働くには、前述のように特に『資格』というものは必要ない。ネットで販売されている中国製の安い商品を購入し、店舗を借りて適当にオシャレなサロンを開けば、何の知識がなくても見よう見真似で即ビジネスがスタートできてしまう・・・・・・という恐ろしい可能性もある訳だ。そうした事情を目の当たりにして、平澤さんはこの国にもネイルとまつ毛エクステンションの検定制度を設けるべきだと痛感したという。きちんとしたスクールで安全性と技術を学び、一定の基準に達した者にその証明を出す――。

そこで設立したのがJapan-Asia Nails & Eye Beauty Association (JANEA)。この協会は日本とシンガポール同時に立ち上げられ、検定に合格すれば、CERTIFICATE を合格者に出すというもの。例えば技術はあるものの、それを証明するCERTIFICATE を持っていなかったローカルスタッフにとってもこれは僥倖だ。

「私はネイルやまつ毛のエクステンションの施術者を、きちんとした技術者としてもっとリスペクトされる地位にもって行きたい」という平澤さんの強い思いが反映されたこの制度は、今まで自由で無頓着・無責任だった業界へ一石を投じた形となった。今後この検定制度がどの程度シンガポールの美容業界に受け入れられていくのか、経緯を見守りたい。

平澤さんのように企業に属さない一社会人の女性が、シンガポールというメルティングポットの中にあって、日本の技術を世界に発信する架け橋となっていることは、同じ日本人として非常に誇りに思う。「なければ作ればいいじゃない」という一見至極簡単な様で、実は非常に困難な其儀を難なくやってのける平澤さん。海外で仕事に携わる日本人にとって、このしなやかで自由なチャレンジ精神こそ、最も無くしてはいけないもののように思われる。

今後はシンガポールから東南アジアへとこの協会の活動を広めていくのが夢だという。心からエールを送りたい。

(インタビュアー・実花)